再放送されたNHKのアンコールワット番組をDVDに録画して昨晩みた。
概要は下記
知るを楽しむ〜この人この世界
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− 石澤良昭 アンコール遺跡・残された歴史のメッセージ −
教育・午後10:25〜10:50
2月5日(月)〜3月26日(月)教育・午後10:25〜10:50 (毎週月曜日)
(再)教育・午前5:05〜5:30 (翌週月曜日)
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カンボジアのアンコール遺跡。そのアジアの神秘と呼ばれる遺跡の謎を解き明かし、荒廃した遺跡を復活する活動を24年間続けてきたのが、上智大学学長、石澤良昭である。石澤の語るアンコール遺跡は、単なる遺跡の魅力や謎の解説を超えて、カンボジアの人々の歴史、文化、風土にも広がり、同時に、遺跡の修復活動の中で石澤自身が学んできた、文化の保存への国際協力のあり方を、見るものに問いかけるものとなる。
2月5日(月)(第1回)「アンコール遺跡との出会い」
今から24年前の映像。アンコール遺跡群に再会したいという思いで、赤ありに襲われながらも進む男。「戦争が続きましたからね、来たくても来ることが出来なかった」。学生時代にアンコールワットに魅了されて研究者となったが、ポルポトが政権の座について以来、入ることができなくなった。そして24年前、国立大学教授の地位を捨ててまで入った遺跡は、荒廃し、共に研究した37人の研究者のうち36人が殺されていた。
第1回目は、石澤がアンコール遺跡との出会いと魅力について語る。
2月12日(月(第2回)「アンコール・ワット 天空の宮殿」
最も旅人に知られた代表的な「遺跡」アンコールワット。その巨大な建築のそこここに隠された「仕掛け」を石澤は語る。それは、時に「威容を誇るため」のもの、時に「彫刻師たちの遊び心」を現すもの。石澤は言う。「ここは遺跡ではありません」。今でも近隣の村人たちが参拝に来る場所。生きた聖地。それが、石澤の解説の基本となる。
2月19日(月)(第3回)「アンコール文明は一日にして成らず」
アンコール文明はいかにしてつくられたのか?広大で巨大な神殿がどう築かれたのか、その謎に挑む。
2月26日(月)(第4回)「アンコール・トム 混沌に秘められた謎」
尖塔の四面に巨大な仏顔を刻んだ威容で知られるアンコール・トムのバイヨン寺院。縦横二メートルにもわたる巨大な仏顔(この寺院を築いた王の顔を映したと言われているが)に圧倒されてしまうが、実はこの寺院の面白さは回廊の壁画にある。そこにダイナミックに描かれているのは、当時の庶民の生活だ。中国の文献が書き記した往時の城郭都市、数千の家屋があったというアンコール・トムの姿を生き生きと語る。
3月5日(月)(第5回)「二七四体の廃仏発見」
2001年のことだ。アンコール・トムの中にあるバンティアイ・クデイ遺跡の中で、計274体の仏像が発掘された。いずれも、頭部と胴体とが断ち切られていた。フランスによってアンコール文明の研究が始まってから140年たつが、この発見はアンコール・トムの造営以後、急速に衰退したとされてきたアンコール王朝末期の歴史を書き換える大発見となった。
3月12日(月)(第6回)「アンコール遺跡の“発見者”たち」
アンコールは、日本人にとっても聖地だった。水戸、彰考館所蔵の「祇園精舎之図」は正にアンコールワット。そしてワットを祇園精舎と信じた日本人、森本右近太夫の墨書がアンコールワットに残っている。当時、日本にはアンコールはどのように伝えられていたのか?また、最も美しい彫刻に飾られた場所。そこにある一体の女神の浮き彫りが「モナリザ」。かつてフランスの文化大臣ともなったアンリ・ムーオが、余りの美しさに魅入られフランスに持ち帰ろうとして逮捕されたという逸話が残っている。密林に埋もれたアンコール文明を「再発見」した日本、そしてフランス人の物語。
3月19日(月)(第7回)「まだ眠る未踏の遺跡」
アンコール・ワットのあるシェムリアプから東に60キロほど、アンコール王朝以前、プレ・アンコールと呼ばれる時代の遺跡がある。サンボール・プレイクック。「アンコールの彫刻には、ガンダーラやさらにギリシアの影響がある」と石澤は言う。プレ・アンコール時代の彫刻にはそれが色濃く残っていると考えているのだ。破風に刻まれた半人半獣の浮き彫り。ギリシャのグリフォンに似ている。未だに調査がなされていないたくさんの遺跡が、まだカンボジアの密林に埋もれている。その謎を解き明かす作業が、今、ようやく始まったばかりなのだ。
3月26日(月)(第8回)「遺跡を守る」
アンコール遺跡に出会ってから45年。石澤の人生はアンコール遺跡の研究と保存のために費やされてきた。その間には、カンボジアが戦乱に巻き込まれた時代があり、その中で友人であったカンボジア人の遺跡保存官たちのほとんどが命を奪われていた。失われた石工の技術を、日本人の石工がカンボジア人に教えた。そして石澤は研究者の養成のために自腹を切ってカンボジア人の日本留学を助けてきた。
石澤は言う、「文化は民族のアイデンティティーそのもの、カンボジアの人々自身が、それを守り育む手伝いをするのだ」と。
放送日時・内容は変更される場合があります。ご了承下さい。
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